n年後に駐在するゲイ

いつか海外に飛ばされるゲイが生きた証

眠りにおぼれる

流行り病が収束するめどが一向に立たず、僕の労働奉仕先では在宅勤務が継続中。

 

この勤務形態の最も優れた点は、昼の休憩時間、人間が最も眠りの世界に旅立ちたくなる時間に、周りを気にすることなくうたた寝をすることができることだ。

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簡単な食事を終えて、インスタントのコーヒーを沸かして一口飲む。

 

平日昼に飲むコーヒーは、ドリップなどで淹れるものより、お湯を入れるだけで完成するインスタントのほうがしっくりくる気がする。

 

労働と労働の合間の休みに「ていねい」という概念は似合わない。

 

畳の部屋。い草のにおいを鼻の奥に感じながら体を横たえる。

 

クッションを2枚重ねて頭の下に差し込み、薄い毛布に身を包む。

 

畳の柔らかさと硬さをいっぺんに背中に感じる。

 

昼寝はほんの少し心地が良くないほうがうんとはかどる。布団にもぐってする昼寝は、起きた時のすっきり感がなぜかそこまでない。おまけに頭が冴えるまでより時間がかかる。

 

意識が少しずつまどろんでいく。あの感覚がたまらなく好きだ。

 

「眠りに落ちる」という表現があるように、入眠を落下のイメージでとらえる人が少なからずいる。

 

僕にとってはむしろ、眠りにおぼれていくような感覚。横たわった僕の体を徐々に液体の眠気が侵食する。口を覆って、鼻を覆って、髪の毛までもすっかり覆ってしまう。

 

無駄だとわかっていても、なんとか呼吸をしようともがく。眠気に逆らう。そんなことは何の意味もないといわんばかりに、液体はその量を一気に増し、僕を包み込みにかかる。

 

なすすべもなく、僕は眠りに落ちる。液体が僕の呼吸器官を1ミリの隙間もなく完璧に満たす瞬間、僕が何を感じ何を考えているのか、知ることはおそらく一生ない。

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眠りから目が覚める瞬間、僕はいつも不思議な気持ちになる。

 

眠りの前後の自分は変わらないはずなのに、以前の自分にはもう戻れないのではという気分に襲われる。

 

僕は毎日、小さな変態を繰り返している。そしてそのたびに、小さな喪失感が生まれる。

 

己の呼吸器官から眠りの液体が少しずつ流れ出し、ついには空っぽになる。

 

不意に、強烈なのどの渇きに襲われる。

 

20分前の、変態前の自分が沸かしたインスタントコーヒーを胃に流し込み、午後の仕事へ。

 

「何かが亡くなってしまった」という感覚を振り払うように、わざとリズミカルにキーボードをたたく。部屋に、カチカチというばかげた軽やかな音が響く。

 

キーを押すその手は、心なしか軽やかだ。