n年後に駐在するゲイ

いつか海外に飛ばされるゲイが生きた証

ぼくはここにいた

実家に帰省して、あることに気づいた。

ドアを開けるのに時間がかかる。取っ手が思っていた位置より下にあり、取っ手をうまくつかめない。

洗面所の水がものすごい勢いで噴き出す。蛇口が思っていたより緩くて、指に力を籠めすぎる。

トイレに座ろうとしてよろける。便座が思っていたより低くて、勢い余ってしりもちをついたようになる。

椅子を引くのに手間取る。椅子が思っていたより重くて、引いたつもりが全然引けていない。

お湯が入っていると思って持ち上げたやかんに、実はお湯なんて入っていなくて、漫画でいえば「ブン」という効果音が付くようなスピードでやかんを持ち上げてしまう。そんなことが頻発している。

旅館が自分にとって非日常と感じられるのは、初めて訪れる場所だからというのはもちろんあるけれど、日常の些末な動作を、いちいち意識して行わなければならないから、という理由もある気がする。

ドアノブの位置が違う。蛇口の固さが違う。便器の大きさが違う。椅子の高さが違う。

目くじらを立てるほどのことでもないけど、無視できるほど小さくもない無数の違和感に襲われる。

日常の些末な動作が無意識下で行われる慣れ親しんだ場所では、こういうことは起こらない。

27年間暮らしていたはずの家が、もう非日常になってしまっているのだと理解した。

「お前はもうよそ者だ」家が僕にそう言っている気がして、少し寂しくなった。