遠くから泣き叫ぶ声が聞こえる。
女の人のような、はたまた少年のような。
23時50分、慟哭は空気を伝って、僕の部屋の窓に侵入して、そして布団で時間を持て余している僕の耳に届く。
「泣く」というよりも「叫ぶ」といったほうが適切なくらいの泣き声。
この世にいる人の声だといいのだけど。
音は、明るい場所で聴くよりも、暗い場所で聴くほうがうんと澄んでいる。
部屋中の照明という照明をすべて消す。
家のそばを飛ばす車、秋の到来を喜んでいる虫。
光の中にいたときは気づかなかった音が、たちまち僕の体内を満たす。
さっきの泣き声、というか叫び声。
何かが嫌で嫌で仕方がない、ここから逃がしてほしい。
そんな泣き声だった。
その泣き声が、だんだん別の人のものになる。
そしてそれは、僕のものだと気づく。
今まで僕が泣き叫んだときの光景が、僕の手足を押さえつける。
でも、慌てたりはしない。
声を上げて涙を流しているときの僕と、今の僕は違うとわかっている。
それらはもう過ぎ去ったことであって、今の僕には何の関係もない。
そうするうちに、押さえつけられていた手足が軽くなる。
窓の外のどこか遠くの叫び声の主にも、いつかそんな日が来てほしいなと思う。
そして、その日が来るまで、どうか生き延びてほしいなと思う。